大塚愛と関係ないブログ

Thursday, April 13, 2006

容貌(ようぼう)

 その瞬間、誰かが扉の挿錠(さしじょう)をがちゃがちゃさせた。私は急いで誰でも外から入って来られないようにして、それからまたすぐその瀕死(ひんし)の敵手のところへとひき返した。しかし、そのとき眼前にあらわれた光景を見たとき自分をおそったあの驚愕(きょうがく)、あの恐怖を、どんな人間の言葉が十分にあらわすことができようか? 私が眼(め)を離していたそのちょっとのまに、室(へや)の上手(かみて)の、つまり遠いほうの端の配置に、見たところ、重大な変化が起きていたのだ。大きな鏡が――自分の心が混乱していたので私には最初はそう思われたのだが――いまや前になにもなかったところに立っていたのだ。そして、私が極度の恐怖を感じながらそれに近づいてゆくと、私自身の姿が、だが真(ま)っ蒼(さお)な、血にまみれた顔をして、力のないよろよろした足どりで私の方へすすんで来た。 そんなふうに見えた。が、そうではなかった。それは私の敵手であった、――それは断末魔の苦悶(くもん)をしながらそのとき私の前に立ったウィルスンであった。彼の仮面と外套とは床の上に、彼の投げ棄(す)てたところに、落ちていた。彼の衣服中の糸一本も――彼の顔のあらゆる特徴のある奇妙な容貌(ようぼう)のなかの線一つも、まったくそのままそっくり、私自身のものでないものはなかった! それはウィルスンであった。けれども彼はもうささやきでしゃべりはしなかった。そして私は、彼が次のように言っているあいだ、自分がしゃべっているのだと思うことができたくらいであった。――「お前は勝ったのだ。己は降参する。だが、これからさきは、お前も死んだのだ、――この世にたいして、天国にたいして、また希望にたいして死んだんだぞ! 己のなかにお前は生きていたのだ。――そして、己の死で、お前がどんなにまったく自分を殺してしまったかということを、お前自身のものであるこの姿でよく見ろ」

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